翠玉天宮日常活劇シリーズ

詩弥の贈り物・その2

 麻世は浮かない顔つきで、一人通信室へと向かっていた。それもそのはず、本来なら贈り物の壷に花をいけて飾っておいたのだ。しかし飾れない事情が事情なだけに、どう言い訳しようかとしばらく頭の中で思い描いてみたものの、答えがぐるぐる回り始めて名案すら思いあたらなそうだった。通信室の前まできて、麻世はゆっくりとため息をついた。そして自分に言い聞かせるように。
「ありのままを話すしかないのでしょうね・・・・・・」
 と通信室の扉を開け、通信用のホログラムカメラのついた座席に腰かけた。そして慣れた手つきで通信コネクションを確立し、電子アドレスを確認しつつ、惑星間ゲートウェイの認証処理を待っていた。あまりの遅さに、またため息をついた麻世だったが、先日のニュースで詩弥の星の通信インフラの一部が何者かによって破壊されたというニュースを思い出した。
「最近は何かと物騒なものだわ」
 しばらくして、やっと認証のサインが届いたのを見るなり、すばやく電子アドレスを指示した。するとすぐに詩弥の顔がホログラムスクリーンに映し出された。
「お久しぶり〜!」
 いつものにぎやかな詩弥の声に少し顔をしかめつつ麻世が切り出す。
「あのね・・・・・・あなたから届いた壷のことなのですが・・・・・・」
「届いたんだ、どうかなーいい感じだと思うけど?」
「その壷が・・・・・・ちょっと・・・・・・」
「うん、どうなの?いい感じでしょ??」
 気まずい間が少し流れると、静かに麻世が口を開く。
「うちの薄紅が壊したの・・・・・・」
「ふーん、薄紅ちゃんが壊したのねー」
 と軽く詩弥が受け流そうとしたとき、ある言葉で現実に引き戻された。
「って壊したの!!!」
「そうなの、ごめんなさいね」
 詩弥のきつい目線が麻世を突き刺した。麻世は壷の使い方を知らないことを伝えようとしたが、あまりに情けない言い訳に少し頬を赤らめうつむいた。その様子を見るなり、詩弥が思いついたように。
「ふふ、まぁ薄紅ちゃんなら許してあげよっかな。壷ならまだあるから送るねー。そうそう、お返しなんていらないからね。あら、もうこんな時間。今日は定例の集会があるの。皆さんと薄紅ちゃんによろしくねー。ばいばい」
 詩弥の一方的な会話の後、回線が切断されたことを伝える無機質なアラームが鳴った。麻世は少し乱れた髪を手で撫でながら胸に溜まった気を吐きだした。


「詩弥さんって・・・・・・まあいいですわ」
 通信装置をスタンバイ状態に設定しながら、詩弥へのお返しは好物の和菓子あたりがちょうどいいかと考えていると、不意に薄紅が通信室に入ってきた。
「麻世おねえちゃん!時空速達でなんか届いてるよ!!詩弥ちゃんから」
 それを聞くなり重いため息をもらす麻世。ゆっくりと腰を上げ薄紅の顔を覗き込んだ。
「私の部屋に戻っていなさい。もう少ししたらそちらに行くわ」
 薄紅が部屋を出て行くのを見送った後、通信卓にもたれかかりささやくような声で呟く。
「私ってだめね・・・・・・」
 と自分に言い聞かせるのであった。

 麻世が部屋に戻ると、送られたばかりの小包がすでに開けられようとしているところだった。
「あら、気が早いわね」
「麻世おねえちゃん遅いんだもん」
 薄紅がふくれているのをかたわらに、深沙と綾音が箱の中身を取り出して壷しかないことに心底つまらなそうな表情を浮かべる。
「壷だけみたいね、それも二つ入ってるし」


 それを聞いて、またため息を漏らす麻世。その様子を心配してか薄紅が近づいて来る。
「麻世おねえちゃん、大丈夫??ため息病はわかんないけど、ヒクッってなるのなら薄紅なおしかた知ってるよ!」
 その心配そうな顔つきに、少し目を細めた麻世。
「大丈夫よ、薄紅。お菓子を二箱にしようか悩んでいただけだから」
 お菓子と聞いて目を輝かせる薄紅は少し考え込んでから。
「んと、くるくる巻いた白いのがはさまったのがいいの」
 また出そうなため息をぐっとこらえて「そうね」と返事を返す。その顔を見て不思議そうにのぞき込む薄紅。
「麻世お姉さま。赤いのと緑の壷があるけど、どっちが好き?」
 綾音の不意を突かれた質問に、麻世はとっさに。
「緑はいいものですわ、きっと」
 と不本意な答えを返す。それを聞いた深沙が手を伸ばし。
「なら、赤い壷は私たちに頂戴ね。大切にするから」
 いつの間にか赤い壷をあげることになってしまったらしく、いまさら否定できない麻世。
「いいわ、もって行きなさい」
「ありがと、麻世お姉さん」
 短い会話の後、用事が済んだとばかりに部屋を出て行こうとする深沙と綾音。その姿に少し違和感を感じた麻世はすかさず辺りを見回す。
「そういえば真紅がいないわね」
「真紅なら、割れた壷の破片を集めて自分の部屋に帰りましたわ」
 深沙と綾音が部屋を出て行くと、足元には緑の壷を持っている薄紅の姿があった。
「麻世おねえちゃん。もうぐるぐるしないから、壷で遊んでもいい?」
「いいわよ。でももう割ってはいけませんよ」
「はーい」
 元気な返事をすると、薄紅も部屋を出て行った。
「今日はなんだか疲れたわ」
 そんな独り言を言いながら、消えかかった香に新しくカモミールの香を足して火をつけた。その緩やかに赤々と燃えている火を見つめていると、時のたつのも忘れてしまいそうになりそう。これが麻世にとっての一番好きな時間であった。
「麻世。聞いてる?」
 凛としている真紅の声にふと我に返った麻世。そこには見覚えがある青い壷と見慣れない赤い服を着た真紅の姿があった。
「その壷どうなさったの?きれいに直ってるようね」
「簡単よ。時間を巻き戻しただけだわ」


「時間を巻き戻す・・・・・・よく分かりませんが直ってよかったわ。新しい壷が届いたので、その壷は真紅に差し上げますわ。それにしても、あまり見たことのない服ね」
「それなら頂戴。そういえばみなさんに言ってなかったけど、この姿が本当の私なのだわ。この服でないとうまく時間を巻き戻せないのだわ」
 いまいち腑に落ちない麻世だったが、それなりに納得したようにみせた。真紅が部屋を去って行くと、改めて部屋に壷がひとつもないことに気が付いた。ふと薄紅の声が聞こえる庭先に目を向けると、薄紅はいるものの緑の壷が見あたらなかった。まさかと思いつつ慌ててエントランスに向かうと、そこには探していた緑の壷と一輪の花がさしてあった。
「無事でよかったわ。それにしても一輪の白い花なんて・・・物騒だわ」


 エントランスの靴箱から下駄を取り出すと薄紅のいる庭先へと向かった。
「薄紅、ちょっとこちらにいらして」
「なに?麻世おねえちゃん」

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-劇終?-